病院でのつれづれ

ようやく隠岐にもどってまいりました
(^^♪

おうちサイコー♪

まだ若干お腹の傷は痛むものの
心のどこかにずっとひっかかっていたものが無くなったので
ほんとにすっきり致しました


いろいろとご迷惑をかけたみなさま
ごめんなさい

またぼちぼちとがんばりまーす
<(_ _)>

「ただいまびーる」はやっぱり、おきのしましまビール
スモーク白南風の絶品燻製とともに…

スモーク白南風さんのことは
またいずれご紹介いたします


というわけで
入院中のつれづれを、今日は…


以下
入院最終日に書いたので
「今日」との記述がありますが
若干の時差があります



病院で過ごす夜

術後2日間は体もしんどく
昼も夜もうつらうつらと眠り続けました

それが

麻酔の影響と思われる頭痛が収まり
吐き気も収まり
ご飯が食べられるようになって
シャワーの許可も出てさっぱりし
傷の痛みも薄紙を1枚1枚はぐように薄れていくと

病院の夜は長いものですね


9時の消灯後しばらくは読書灯をともして本を読んだり
テレビを観たりして過ごしますが
10時にもなるとそれも気がひけます

遮光とはいえお隣との境目は一枚のカーテンのみ

真っ暗な中でチカチカと明滅するかのようなデジタル光は
きっとこのカーテン越しに伝わって
うっとおしいに違いない

というわけで
後は眠気が訪れる気配を待ちつつ
ひたすらにスマホスクロール大作戦

テレビとかPCとかスマホとか
眠る前に眺めてると脳が興奮して眠れないと聞きますが
私の場合は寝落ちの天才なのでご心配なく


体位を変える度に
いてててて、とか、あたたたた、とか
そんなうめき声も「吐息レベル」で

声の物差しで言えば
「1」よりずっとずっと小さい「1/4」
…声のものさし、懐かしい…


病院で迎える朝

だから
ハっと目覚めた時に
カーテンの向こうに朝の気配を感じると
ちょっとホッとします

逆に
まだ真っ暗だったりするとかなりヘコむ




まだ眠っている人を起こさないように
そーっと部屋を抜け出して
最上階までエレベーターで…

昨日は私ひとりじめの景色だったけれど
今日は先客がありました



ゆったり流れる大橋川と
それに沿うように拡がる松江の街並み
そして
大橋川の水を受け止めつつのどやかに拡がる宍道湖の景色…

水の都といわれる所以がみてとれる
そんな景色が眼下に拡がります

今日の朝

朝日に照らされて
松江の街が少しずつ色を変え目覚めていく様を
ただただぼんやりここで眺める



ほんと
それだけのことなんだけれど
その時間とこの眺めに
ずいぶん気持ちを整えてもらいました


今日、さっき、の、空
今日、今、の空


盲腸のこと

盲腸の手術自体はとっても簡単なものなのだそう

おへそに1.5㎝から2㎝ほどの穴を開け
そこからカメラを挿入

鼠径部と左わき腹にやはり同じくらいの穴を開け
そこから器具をつっこんで
患部をちょちょいのちょいと切り取るのだそう

カンタンじゃん!!!

ただし
それはいい状態の虫垂炎の場合

開けてみて
癒着などが生じていたら
4㎝ほどお腹を切ってそこから切除します


そう先生が言っていました


やっぱりそうなりました
(;’∀’)



とにかく
日赤の先生にも隠岐の先生にも
都度都度にわがままを言いご迷惑をおかけしましたが
本当に丁寧に説明してくださり
治療にあたっていただきました

今更に
どちらの先生にも大感謝

そして
猛省中
(;・∀・)




・・・・・・・・


盲腸になってみて感じましたが
盲腸の手術経験者は割と多目なんですね
…実家の母もだしね…

ふた昔前の水産高校遠洋実習前の必須条件として
盲腸切除があったとも聞きました

病気になってもいないのに
切ってしまってから乗船していた、というのは
遠洋上で盲腸を発症すれば
命取りになる可能性もあるということ
…今は切らないそうですけどね…

盲腸を繰り返すうちに腹膜炎をおこし
危うく命を落とすことだったという経験談を
語ってくださった方もいらっしゃいました


私の場合も癒着を起こしていたそうなので
もう少しもたもたしてたらやばかったかも
…こわいよーー(;’∀’)…


ただ

「虫垂炎」という病気ひとつとってみても
医療技術、治療の方針、常識…と
いろいろとアップデートされ続けているんだなーということ

盲腸の手術のタイミングや
手術を選択する、しない、も
状況や先生の判断によっていろいろあるみたい


盲腸といえば思い出すこと

手術後
おならが出たことを看護師さんに聞いてもらわないと
ご飯を食べさせてもらえなかった

これがおそらく私の記憶の中では最古の盲腸の常識です



小学校の頃盲腸の手術をした友人の武勇伝の中で
強烈に残っている話のひとつです

ちなみに現在の「ガス事情」は自己申告制です

腹腔鏡で手術するようになって
かなり久しいはず

若い頃に手術したという母のお腹に残った傷跡は
1本だけだったけれど10㎝近くはあった、ような記憶があります


私のお腹には4個も傷がついたけれど
そのうち3つは小さな小さな穴ぽこのような傷

うち1つはおへそに沿って開けられているので
そのうちに見えなくなるのでしょう

ただ…

「カメラの穴はおへそに開けます」と
先生から初めて聞いた時は
思わず「ひ~~~ぃ(;・∀・)…」と声が出た
ヘソに穴って!!!


もうそれ聞いただけでじんわりヘソが痛かった


そして
今回おどろきだったのは
手術後の抜糸が必要ないということ!!


う~!
なんてlucky!!

私は抜糸のあのチカチカした痛みすら大の苦手



溶ける糸を使うんだろうと思っていたら
なんと医療用ボンドでとめちゃうのだそう

ボンドって!!

痛みが引いてからよくよく傷跡を見てみたら
確かになにやらクリアな樹脂のようなもので
傷口が覆われていました


これがそのうちぽろぽろとれてきますからね
それでOKです

だって

すごいもんですね

麻酔のこと

極度の痛がり怖がりな私ですが
手術自体はどうってことない
…だってがんばるのは先生だもの…
…いやほんとはちょっとコワイけど…

麻酔にちょっとしたトラウマ体験がある私にとって
一番の恐怖ポイントは「麻酔」でした

18年前に膝の靭帯再建術を受けました

その際の麻酔は下半身麻酔
腰に針を差し込んで下半身の感覚を麻痺させるという
あれです、あれ

腰に骨を差して行う麻酔ですよ
麻酔の為の麻酔はするけどやっぱり痛いですよ
背中を丸めてもらって背骨に針を刺すんだけれど
万が一動いたりしたら神経に傷がついて
マヒが残っちゃったりするからね
絶対動かないでね

そんな麻酔だと説明を受けました

頭が真っ白になったものの
1回目の再建術の時には麻酔も手術も無事終了


麻酔はやっぱり怖かったけれど
それでも

長年悩み続けてきた膝がズレる現象とおさらばでき
本当に感激でした

問題だったのは2回目の麻酔です

指導医が見守りつつ研修医が麻酔を行うというこの日のスタイル
研修医さんの緊張がこちらまで伝わってくる中、麻酔は開始


最初っから緊張からか目がおよぎがちな研修医さんと

びしびしご指導される先生と…

ただならぬ緊張感の中でまな板の上のコイ…
いや、手術台の上のエビ状態の私
背中を丸くして半裸で寝っ転がっている、その私の背後で
「そんなことでどうする!!」と叱咤する先生の声


それを聞いた時の
あの絶望感と恐怖たるや


恐ろしすぎてマジ泣きです


結局
麻酔自体はなんとかできて感覚も無くなり
いざ手術となったものの


手術開始直後に感覚が戻りはじめるという、第2恐怖



せせせせ、せんせいせんせい
なんかあしがいたくなってきましたけどこれなになになに?
なにがおこってますのーーー!?!?
みたいな…

そこで再び軽くパニクりました

そして、薬液を調整するうちに
今度はマヒが胸まであがってしまい

息が苦しくなってくるという、第3恐怖

恐怖の波状攻撃に
完全にパニック状態に陥ったところで

私の記憶は途切れています

きっと眠らせてくださったんだと思う


眠らせられたというか…

そんなこんなで下半身麻酔恐怖症の私

なので
盲腸は何麻酔?と知り合いの看護師さんに聞いたところ
全身麻酔だよと…

よかったよかった
マスクしてしゅーっと寝るヤツね


とか思っていましたが
なんと
硬膜外麻酔といって
やっぱり腰骨から針を刺して痛みをブロックする
そういう麻酔も同時に施すというではないか

説明の中でそれを知り
その時もやっぱり
「ひ~~~~~ぃ!!」
でした
(;・∀・)

顔色が変わった私をみて
麻酔医さんが何か問題が?と聞いてくださいました

あーでこーで、だから下半身麻酔は苦手です
全身麻酔だけじゃだめなのか?と聞く私に

「15年前に比べれば針もかなり細くなっていること
もちろん全身麻酔でもできるんだけれど
この麻酔をすることで術後の痛みがかなり軽減されるのですよ」

そして
「約束します。絶対ぼくがいい具合にしますから大丈夫。」


そう言い切る先生のおかげで
すっぱりと諦めもつき思い切ることができました



いや実際
全然当時の感覚とは違っていました

そもそも
下半身麻酔と今回の腰からの麻酔が
同じものなのか違うものなのか
それすら分かりませんが…

とにかく
あの恐怖体験に寄り添い受け止めていただいた上で
大丈夫任せてください、と…

お医者さん的に
リスクもあることは必ず説明しないといけないでしょうし
絶対なんて本当は言ってはいけないことなのかもしれない
それでもそう断言してくださった…

だからこそ
そこに生じた絶対的な安心感だったのだと思う


おかげでそれ以上みっともない訴えをすることもなく
無事盲腸をちょん切っていただくことができました
<(_ _)>





麻酔なんか全然怖くない!
…もちろんもうやりたくないけど…

廊下の飾り棚がクリスマスになっていました


偶然に


入院した日
隠岐で親しくしている人達数人とばったり遭遇しました

外来では
なんと同じ町内の3人が偶然にも並んで座るというね
(;・∀・)



しかも
同じ日、同じ部屋に、ご近所さんも入院
手術まで同じ日という偶然
(;・∀・)

数日を同室で過ごしました

4人部屋だったんですけどね
出雲弁と隠岐弁が入り混じる不思議空間に



こんなこともあるんだな~…


一足先に退院されたIさんとは
「また隠岐で会いましょう~!」とご挨拶してお見送り


Iさんが帰られたあとのベッドはまだ空いたまま

術後動けない時には
声をかけてくださりあれこれと助けていただいて
どれだけ心強かったことか

Iさん
ありがとうございました


そして
ここで出会った隠岐のみなさんが
イチニチも早く病院との縁が切れますように
心より祈ります

最後の夜に見た松江の夜景
川向こうは東本町?

元気になったら
またそぞろ歩きたいものです

1件のコメント

  1. 菜館です。
    無事のお帰り良かったです。
    お疲れ様でした。
    なんだか、お腹が痛くなりそうなお話。
    無理をなさらず、お過ごし下さい。
    また寄ります。

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